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いち(一)の定義

先週、TVで放映していた「博士の愛した数式」

面白い映画だった

実は、ピンとくるものがあった

それは、1(いち)の定義が難しいというはなし

一つと観るものが本当にい一つなのか?

映画の中では博士が葉っぱを拾って一つだとし

それを、手のなかで砕いて見せた、もうその時点で一つじゃない

本当に、一の定義は一番難しいと


そして、大切なものは見えないとういう

法則

私は、その時思った

私を数えるとき、一人という

私のカラダは一(いち)である

隣の人と同じではない、いちである

何を隠そう、このいちの中で大調和をしている

隣の人と調和していない、私のいちとして調和している
(奥深いところでは、つながっているのだろう)

これをいちとしてみることがキーポイント

カラダのどこかが都合が悪いとする

普通、その部位をさがし、治そうとする

しかし、全体の調和からすれば、いちの一部なのだ

いちをみないで、一部だけを治そうとしても無理がある

病気は調和が崩れた状態なのだ

だから、どうにかして調和を取り戻せばいいのだ

私の、事業(リフレッシュ操体)は

操体法、びわ療法、有機ゲルマニウム療法、食養生(陰陽法)です

すべて、バランスを取っています

傲慢かもしれませんが、願いをこめて「スーパーバランスマスター」と

名づけたのです

難しい話で、申し訳ないです

でも、本当にぴんときたのです

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2007年05月24日 15:38に投稿されたエントリーのページです。

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